酔ってるからこそ聞ける本音

仕事のお付き合いで

お客様と食事をしたり飲酒をしたりする事、

皆さんも多いのではないでしょうか…。

なぜそんなお付き合いが必要なのか?

いえいえ。別に必要ではありません。

会食したり飲酒する事が得手ではない方は

無理にお付き合いする事は無いと私は思います。

 

ただ、飲食や飲酒を一緒にする事で、

日頃のお付き合いでは見られない一面がみれたり、

ぶっちゃけ本音の会話ができたりと、

酔って聞ける本音や人間性も良いもんだと私は思っております。

要は〝お酒の力を借りて垣根を取り払う〟って感じでしょうかね…。

 

酔わなきゃできないの…?

できない事はないとは思いますが、

お酒で酔うことによって親密度が増すってことが多いのも事実です。

そして、本音を語り合うことによって、

その人の〝人となり〟を知る事もできます。

 

良いことばかり…って事ではないのですが、

それも大切なコミニケーションだと私は思っています。

ま、お酒の力なんか借りなくても、

コミニケーションが取れ、

人となりが知れれば問題なんですけどね…。

 

伝統工芸技術の継承って…

長年培ってきた伝統的な技法や技術。

それはこの業界に従事してきた職人さん達の英知の結晶であり

凄く価値のある尊いものだと思います。

でも、それは誰が引き受けて後世に伝えていくものなのでしょうか?

親から子へ継承するものなのでしょうか…

師匠から弟子に伝承するものなのでしょうか…

教え伝えるかたちはそれぞれでも大切な事は、

その継承者が生計を立てて仕事に従事できる環境が整っているか否かという事じゃないかと。

ひと昔前であれば職人さん達は仕事に打ち込む事で生計を立てる事ができ、

それとともに技術を磨き高める事が出来たのですが、

今ではどうでしょう…

生計を立てる事もままならず、技術を磨き高める余裕も無いのでは。

現に後継者は皆無と言っていいほど激減し、

志をもって後継した人でも途中から転職してしまう始末…。

そんな状況下で伝統工芸の継承は誰が何の為に行うのか…?

〝武士は食わねど高楊枝〟では継承はできない現実。

これが産地の抱える課題の核心…そぅ、継承の理想と現実なのだと私は思います。

便利さの裏側・・・

世の中は凄いスピードで進化し変化して言っています。

ポケベルから携帯電話にそしてスマホと・・・

通信・伝達手段も簡単にとして早くなるにつれて仕事で要求される質とスピードも

より早くそして丁寧に。そして詳細さを要求されるようになってきております。

〝少々の事は・・・〟〝多少の不便さも・・・〟

そういった妥協的な事は許されない状況にこれからますますなるものと。

 

最近あちこちで目や耳にするAI化の波・・・

今まで人が担ってきた仕事は確実に機械化されてきています。

AI化についてああだこうだ言う方がいますが、

確実に世界は〝便利〟というAI化に変化していっております!

それを否定してみたところで・・・自分の操作能力を年のせいにしてみたところで・・・

なんの意味もありません。

要は〝便利さ〟を自分自身が使いこなす努力をするか否かという事です。

 

便利さの裏側

それは今までとは違う知識や能力を有する事を求められているという事です。

携帯(スマホ)が操作できる・・・なんて事は当たり前で、

実はもっともっとその先の段階をAI化は求めてきている事を

自分自身が早く気がつくべきと。

伝統工芸のAI化

世の中の少子高齢化に伴いAI化や機械化が加速度的にすすむ昨今。

伝統工芸という分野も後継者不足や後継者育成の環境整備が遅れ、

モノづくりの技術継承者の減少が顕著となっております。

人から人へと伝え育てる・・・

伝統工芸や文化の継承の観点からすれば理想だとは思うのですが、

現実問題課題山積というのが現状です。

私的には〝技術をAI化して機械的・データー的に継承する〟事を

考えるべきではないかと考えております。

〝それでは継承したことにならない・・・〟を否定されるかもしれませんが、

技術のノウハウや経験値をデーターベース化する事で、

より職人としての育成が合理的になされるのではないかと・・・

 

〝師従して技術を学び習得する〟

そこには人としての行儀や思考も教わるという事も確かにあると思います。

ただ、弟子として雇い養い育てるだけの

環境や金銭的余裕や仕事の量がないという現実も直視しなければなりません。

世の中が大きく変わる中で、

伝統工芸にこれから十字しようとする人達の育成方法も

大きく変える必要があるものと私は考えます。

頭の中の断捨離

お正月もあっという間に過ぎ去り、

昨日から仕事始めという方も

多かったものと思います。

 

年頭にあたり

今年こそは!って少なからず

目標や計画や希望や願望を心に決めたものと。

私も小さな計画と願望を心に誓い

正月2日目から動きだしました。

 

まず最初に行ったのが…断捨離。

部屋の中や机の中って、

ついつい物で溢れてしまいがちなんです…

いわゆる貧乏性っていうんでしょうかね。(笑)

 

そこで、先ずは環境の整理整頓!

そして、頭の中の整理整頓!って感じで、

心機一転してみました。

 

そんな作業の中で感じたことが…

要るか要らないかではなくて、

必要か否かって判断で分別すると、

大概の物が必要じゃない…と気づきました。

 

案外、頭の中も同じなのでは!

あれこれといろんなことを考えてみても、

本当に大事か!それは今考えるべきかとか!

そんな事を基準に整理してみると、

案外するべき課題は多くないのかも…。

そんな事を感じました。

 

頭の中の断捨離!

一度してみてはいかがでしょうか。

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。
いよいよ2018年の幕開けです!

昨年の達成感や反省を胸に、
新年の誓いと決意を新たにした事と思います。

スタートダッシュ!という言葉の通り、
何事も最初が肝心。
そして、ダッシュ!の言葉の通り、
勢も大事です。

先ずは自分の決めた目標や夢に向け、
勢いよく一歩を踏み出したいと思います。

2018年が皆様にとって良い年になる事を…
そして私自身も自分の目標に向け
努力する年になるよう
精一杯頑張っていきましょう!

2018年も
お付き合いのほど宜しくお願い致します。

 

漆器ではなく食器としての思考改革を

漆器といわれますと一般の方の認識としては

〝木製で作られた器に漆塗を施して作られた物〟という認識ではないでしょうか。

正解です!

でも、生活スタイルや消費者ニーズの変化に伴い、

現在ではいろいろな素材にいろいろな塗りを施して製作されたものが、

総称として〝漆器〟の名称にて市場に流通しているのが現状です。

 

素地に関しましてを大きく分類致しますと木製品が樹脂製品かという分類

塗りに関しましては大きく分類致しますと漆塗か塗料塗りとなります。

この四分類を組み合わせ製作された器を総称して〝漆器〟となる訳です。

木製に漆塗りも漆器 樹脂に塗料塗りも漆器 となる訳です。

 

厳密に定義するならば漆器と総称する事は適切ではないものと考えられますが、

漆器の産地において時代の変化・消費者ニーズの変化に対応すべく漆器が変化してきた・・・

そういう経緯から総称して〝漆器〟と称されているものと考えられます。

 

〝漆器は取り扱いが大変だから・・・〟

〝漆器は高価いものだから・・・〟

〝洗浄機や電子レンジに使えないから・・・〟

そんなイメージの払拭や耐久性の向上要求に応える為に、

産地としても試行錯誤の末にたどりついたのが樹脂製の漆器だと思います。

 

木製の漆塗の本来の漆器は、中国からの輸入品にも市場シェアを大きく奪われ、

ますますニーズとしてのシェアは縮小していくものと考えられます。

要は〝漆器〟に対する消費者の認識とニーズは大きく変化し、

生活の中の必需品から嗜好品になってしまったという事だと思います。

 

マグカップ一つでコーヒーも味噌汁も飲む時代・・・

漆器の産地の生き残りは、そこで生きる私達に大きな変化を求めているのだと感じます。

漆器ではなく食器としての思考改革を。

課題に正面から向き合い真剣に取り組む姿勢こそが一番の答えだと私自身は思っております。

先日〝京都中小企業家同友会 丹後支部〟様をお招き致しまして

お話をさせて頂きました〝斜陽産業の生き残りについて〟

総勢23名で2時間侃侃諤諤熱く語りあいました。

どの業界もどの産業でも抱える悩み、調工面している課題はかなり共通する事も多く、

難しいテーマではありましたが皆さん持論を熱く語っておられました。

正直、導き出された答えに正解も間違いもありません。

ただ、課題に正面から向き合い真剣に取り組む姿勢こそが一番の答えだと私自身は思っております。

勉強の後は場所を変えてみんなで親睦会

私は久しぶりの再開に会話も弾みいろいろと学ばせていただきました。

物が作れてこその産地

物作りの地域・エリアだからこその産地

でも、今その産地が直面している

職人さんの高齢化、後継者不足、技術の継承問題…

 

〝そんな事は20年も前から分かっていた…〟

何もしなかった訳ではありませんが、

加速度的に進行そして深刻化する問題に

今度どう対処し対応しそして改善していくのか…。

解決なんては到底無理な課題としても目を逸らしてはいられない。

 

〝産地としての原点〟

 

もう一度物を作るという本来あるべき地域・エリアにしなくては…

それこそが産地と言われる地域・エリアの活性化につながるものと

私は信じております。