重要度合いと緊急度合いの判断

どのご依頼も重要で緊急です。

当たり前といえば当たり前ですが、

その上で〝あえて優先順位をつける〟事を意識してみては・・・

 

お聴きした要件・物件から順番に・・・

当たり前と言えば当たり前のように聞こえますが、

実は、処理側の事務的で安直な判断基準でしかありません。

というのは、案件には重要性と緊急性があります。

それを〝聴いた順番で〟といっていたら、

〝機を逃してしまう〟という結果になる経験は、

誰でも一度は経験しているものと・・・。

 

お聴きした要件・物件から順番に・・・

道理からすればごく当たり前の事ですが、

〝あえて優先順位をつけ〟事にあたる事を

意識してみてはいかがでしょうか・・・

それは反対に、

処理側の処理能力の高さと臨機応変さが

要求されるという事でもありますが・・・

 

お聴きした要件・物件から順番に・・・という言葉は

実は処理側が楽をしている、思考が停止している

と言えるかもしれません。

半歩の忖度

相手のことを考え気をまわす…

程良い気遣いや気をまわす事は、

人間関係においてとても大切な事です。

でも、時として

気を使い過ぎたり、気をまわし過ぎると

マイナスに働く事もあります。

 

そぅ…勝手な言い分ですが、

チョットだけの気遣い。

私はこれぐらいが丁度良いのではないかと

思っております。

別の言い方をするならば、

〝してやったのに!〟って思わない程度。

だって、

して下さいって頼まれた訳じゃないし、

自分が好きでやった事ですから…。

 

ほどほどの気遣い。

人間関係も気遣いも程々がちょうどいい。

 

 

表裏の舞台

人には向き不向きががあります。

表舞台でパフォーマンスが得意な人。

裏方として事務的にキッチリやる人。

そんな二人が両輪としてパートナーを組めた時、

結果って案外容易に出せると私は思っています!

 

表裏一人二役って方もたまにはおられる方思いますが、

それは主にプライベート的な場合が多く、

仕事や組織の中では、

やはり協力・協調関係が成り立っているか否かで

成果も大きく変わってくると思います。

 

一見すると表舞台の方が大切に思われるのですが、

私自身は裏方の存在がとても大切だと考えています。

歳を重ねるにつれ〝表にいることよりも裏方に〟

そんなスタンスや意識になってきました。

建物も基礎があってこそ!って考え・感じでしょうか・・・

 

先ずは自分がすべき仕事・知識・技術をコツコツと取り組む。

そして見えないように、見せないように取り組む。

その意識と姿勢が力となり結果に結びつくものと・・・。

表舞台に立つことが大切なのではなくて、

裏舞台でキラッと光る・・・

そんな立ち位置もいいのではと私は思います。

他人から学ぶ・・・

日々仕事や私生活の中で、

他人がやっている事にチョットだけ注視してみると、

案外、〝どうなの?〟っていう行動をしている事に気づきます。

当の本人は良かれと思ってやってるんでしょうが、

他人からみれば〝こうやった方が…〟って思う事も・・・

 

それを言ってもらえれば幸せな事で、

大概は波風立てないように言わないのが普通。

〝人のふり見て我がふり直せ〟の諺のとおり、

言ってもらえないからこそ他人の思考・行動から学ぶ。

 

他人の言動から学ぶ事は、

実際の経験から得られた

〝反面教師〟的学びだと私は思います。

原点回帰は後退ではありません・・・

ああやったら…こうやったら…

いろんなやり方や考え方を試してみますが、

結局原点回帰してしまうことってありませんか?

効率性、効果性を求め試行錯誤する事は大事な事です!

でも、今までやってきた事にも理がある事を理解する…

そぅ、基本となる部分は変えない事を念頭において改善しないと、

変える事が目的になってしまうと、

今まで上手くいっていたことまでも

ギクシャクしてしまう。

目的は不都合な部分の改善であり、

現状よりより良い効率性の向上!

変えることが目的ではない事を念頭におくべき。

 

迷ったり、目的・目標を見失った時は、

まず原点回帰して〝なぜ始めたのか…何を変えようとしたのか…〟を

再検証するべきだと私は思います。

 

原点回帰は後退ではなく見直しですから…。

頼むと頼るは似て非なるものです

合理的そして迅速に物事をすすめる為に、

仕事の一部を他人に頼む事と、

仕事を丸投げして自分の仕事を

他人に代行して貰う為に頼る事は

全く違います!

 

〝そんなんどっちも一緒な事や!〟

確かに他人に依頼をするという事からすれば同じです

ただ、

頼む事と頼る事の大きな違いは、

〝すべての責は自分にある!〟

という点の覚悟の問題ではないかと…

 

時に頼り依頼した事案でトラブルが生じた時、

その責任までも依頼された人のせいにする…

確かに失敗したのはその人かもしれません。

でも、頼った方にも責任は大いにあると私は思います。

 

後になって文句を言う…

だったら頼らず自分がやればいい!

そんな事を思うと、

頼むのと頼るのは似て非なるものだと私は思います。

 

安請け合いのリスク

なんとかしてあげなきゃ…

無理すればどうにか…

困っているお客様のご要望にお答えしたい!

そんな気持ちからお引き受けしたお仕事で、

結果的にトラブルになってしまう…

そんな経験はありませんか?

 

確かに心情的・人情的にはどうにかしてあげたい!と思っても、

物理的に無理をすれば結果として、

大きなトラブルになる。

無理をするって事は…それだけで大きなリスクである事を

引き受け側は理解すべきだと私は思います。

 

納期であれ品質であれ、〝失敗のリスク〟も考慮しておかないと、

何もなく仕上がれば御の字ですが、

失敗ややり直しが発生するのは常と心得るべき。

そう考えれば、そぅやすやすと安請け合いはできない…

 

〝安請け合いは自分を苦しめる〟

 

できない事はできないとハッキリと伝える…

それは結果として依頼者のメリットにもなると私は考えております。

〝ここまで〟を決めて取り組む

今日はことまでやるぞ!

今週はこれだけ仕上げるぞ!

今月は…

そぅ。日々のお仕事で今日はこれだけは!

と決めてお仕事されているものと思います。

決めた以上は何が何でも…

 

そうなんです。

決めると言うことはキツイことですし辛いことなんです。

でも、言い換えれば結果も出しやすいと言うことです。

反対に1日の目標も決めずに仕事をする。

できたらできただけ…それって凄く楽ですよね。

だって目標を決めてないんですから

達成も評価も反省も何もないんですから…

ま、当然のことながら結果も出ません。

 

そのくせ言う言葉は決まって…一生懸命。

 

いやいや。仕事する上で一生懸命は当たり前でしょ!

まして、一生懸命やってその結果?って

言われてしまうことも…。

何事においても〝ここまで!〟を決めることって

本当に大切なことだと私は思います。

見直し・評価・反省・・・

全ては〝ここまで〟を決める事から始まるものと。

〝努力〟という言葉は自己満足にすぎない・・・

努力は裏切らない!とよく言われます。

私もその通りだと思います。

でも、努力しても結果に必ず結びつく

という訳ではありません。

なぜでしょうか…

それは努力の意味とポイントが間違っているからだと

私は思っております。

誰しも一生懸命に努力していると思います。

でも結果が出ない…

努力していない訳ではないのに、

思った結果に結びつかない…

そんな時は間違った

思い込みによる努力をしているものと!

でも、反対もまた真なりです!

結果に結びつくない努力は努力ではない。

〝下手な考え休むに似たり〟に似ていると思います。

努力する事に満足する事なく、

結果を出す事に満足できるよう

意識したいものです。

努力に満足するのはただ単なる

自己満足にしか過ぎませんから…。

 

〝やめればいい〟言われても、やめない理由

嫌だったらやらなくていい。

嫌ならやめたっていい。

 

時々、なんで俺ばっかり!って

やりきれない思いや状況に追い込まれる時がある。

そんな時に自分自身に

〝じゃ…やめれば〟って自問自答してみる。

別に強制されているわけじゃないし、

無理やりやらされているわけでもない。

 

じゃ…なぜやめないのか。

私はこう思うんです。

 

〝自分で選んだ事だから途中で投げ出したくない〟

 

そんな責任感と恐失感とプライドから

投げ出せないのだと。

 

やめられたらどれだけ楽だろう…

投げ出したらどれだけ楽だろう…

でも、いざとなると

やめる勇気も投げ出す勇気もないのも事実。

 

結局のところ、

どれだけ愚痴を言ってみたって、

結局はやるしかない責任感、

投げ出さない事の大事さを、

誰しも過去の経験から

分かっているって事だと私は思います。

 

〝つらいのは自分だけじゃない〟

 

本当は誰しも分かっていて、

たまに愚痴や弱音を吐いているのかもしれません。

ガス抜きをするように・・・